立ち退き料の金額はどのようにして決められるのか
建物賃貸借の契約期間が満了したので明け渡してもらおうとしたところ、借主から、立ち退き料を支払ってほしいと言われてしまいました。
ある程度の立ち退き料の支払いはやむを得ないと思っているのですが、具体的にいくら支払ったらよいのでしょうか。
立ち退き料の内容としては、一般的に、①移転費用の補償、②営業権の補償(店舗の場合)、③借家権の補償の3つの補償が考えられますが、必ずしもそのすべてを立ち退き料として補償しなければならないわけではありません。
立ち退き料には、定まった算定方法はなく、裁判所の裁量で決まるため、立ち退き料の金額が具体的にいくらになるのかについては、ケース・バイ・ケースで判断せざるを得ません。
立ち退き料は、貸す側の事情と借りる側の事情の相関関係で決まる
立ち退き料は、正当事由の有無の判断のうえでは、あくまでも補完的な要素に位置づけられます。
正当事由は、まず「建物の使用を必要とする事情」を主たる要素として判断します。
貸す側・借りる側が、それぞれその建物を使用する必要性がどの程度あるのかを、まず比較するのです。
そして、貸す側の建物を使用する必要性の方が、借りる側の建物を使用する必要性よりも上回っているのであれば、それだけで正当事由ありということになります。
つまり、この場合、貸主は、借主に立ち退き料を提供しなくても、借主に建物を明け渡してもらえることになりますので、立ち退き料の提供の問題は、そもそも出てこないということになります。
しかし、多くのケースでは、貸す側の建物を使用する必要性の方が、借りる側の建物を使用する必要性よりも下回っています。
この場合、さらに従たる要素として、「賃貸借に関するそれまでの経過」、「建物の利用状況」、「建物の今の状況」を考慮します。
これら従たる要素を考慮しても、借りる側の建物を使用する必要性の方が上回っている場合、貸す側の事情と借りる側の事情の差を埋める補完的な要素として、立ち退き料の提供が考慮されます。
つまり、貸す側の「建物を使用する必要性」に加え、「賃貸借に関するそれまでの経過」、「建物の利用状況」、「建物の今の状況」を考慮しても、借りる側の「建物を使用する必要性」の方が上回っている場合、このままでは正当事由が認められないことになりますが、貸主が借主に立ち退き料を提供することにより、正当事由の具備を認めるということです。
この意味で、立ち退き料は、正当事由の判断において、貸す側・借りる側のお互いの利害を調整する機能をもっているといえるでしょう。
なお、そもそも正当事由を認めるべき事情がなく、またはわずかしか存在しない場合には、立ち退き料による調整は働かず、立ち退き料の支払いだけでは正当事由が具備されることはありません(東京地判平成18.10.12)。
立ち退き料さえ支払えば、他に理由がなくても正当事由が認めれられるというわけではないのです。
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立ち退き料の内容
立ち退き料の内容としては、一般的に、
① 移転費用の補償
② 営業権の補償(店舗の場合)
③ 借家権の補償
の3つの補償が考えられます。
①移転費用の補償は、立ち退きによって借主が負担することになる移転にかかる費用の補償です。具体的には、立ち退きによって借主が負担することになる引っ越し代、新規物件を賃借するための仲介手数料や礼金、敷金・保証金などがあげられます。
②営業権の補償は、立ち退きによって借主が事実上失うことになる営業上の利益の補償です。
営業補償は、賃貸していた建物が店舗であった場合に問題となりますが、具体的には、店舗の移転に伴う諸経費(什器備品代、設備代など)、休業補償や営業減収にかかる補償などがあげられます。
③借家権の補償は、立ち退きによって消滅することになる借家権の補償です。
借家権も、経済的価値のある財産権の1つといえますが、立ち退きによって、借主は、借家権という財産権を失うことになるので、貸主は立ち退き料としてこれを補償するというものです。
具体的に、借家権価格をどのように評価するのか、その評価方式としては、控除方式、割合方式、賃料差額還元方式などの考え方があります。
このように、立ち退き料の内容としては、①移転費用の補償、②営業権の補償(店舗の場合)、③借家権の補償が考えられますが、これらのすべてを立ち退き料として補償しなければ正当事由の具備が認められないかというと、そういうわけではありません。
先ほど述べたとおり、立ち退き料は、貸す側の事情と借りる側の事情の差を埋める補完的な要素として考慮されるものなので、この差の大小如何で、補償の内容(立ち退き料の金額)も変わります。
例えば、貸す側の「建物を使用する必要性」が大きく、「賃貸借に関するそれまでの経過」、「建物の利用状況」、「建物の今の状況」も考慮すると、借りる側の「建物を使用する必要性」にかなり近づくということであれば、立ち退き料は少額でよいという判断になります。
逆に、貸す側の「建物を使用する必要性」が小さく、「賃貸借に関するそれまでの経過」、「建物の利用状況」、「建物の今の状況」を考慮しても、借りる側の「建物を使用する必要性」との間にいまだかなりの開きがあるということであれば、立ち退き料は多額になるという判断になります。
立ち退き料の算定方式
貸す側、借りる側にどの程度の事情があるのかは、裁判所が裁量で判断しますので、立ち退き料には、定まった算定方法があるわけではありません。
立ち退き料の算定方法は、裁判所の裁量で決まるため、立ち退き料の金額が具体的にいくらになるのかについては、様々な事情を総合的に考慮して、ケース・バイ・ケースで判断せざるを得ないのです。
裁判所は、事案に応じて、様々な方法で立ち退き料の金額を算定しています。
主な算定方式としては、
⑴ 移転のための実費・損失の補償額から算定する方式
⑵ 借家権価格の全部または一部を立ち退き料として算定する方式
⑶ 借家権価格の全部または一部に移転のための実費・損失の補償を加算して立ち退き料を算定する方式
の3つの方式があります。
⑴ 移転のための実費・損失の補償額から算定する方式
移転のための実費・損失の補償額から算定する方式は、特に居住用の建物の賃貸借契約の立ち退きで、多く用いられている方式です。
居住用の建物賃貸借の場合には、引っ越し代や新規物件を賃借するための仲介手数料、礼金、敷金のほか、転居後の賃料と現賃料との差額の一定期間分(例えば2年分の差額賃料)を、立ち退き料として算定して補償することが考えられます。
店舗の建物賃貸借の場合には、上記に加え、現在の建物に投下した費用(例えば改装工事費用)、新規物件で事業を開始するための初期費用(例えば保証金)、休業補償、一定期間分の営業減収(例えば1年分の営業減収)を、立ち退き料として算定して補償することが考えられます。
⑵ 借家権価格の全部または一部を立ち退き料として算定する方式
建物の借主の地位に財産的価値が認められる場合、その価値のことを「借家権価格」といいますが、この借家権価格を基準として立ち退き料を算定する方式があります。
借家権価格の計算方法としては、様々な方法がありますが、比較的に多く用いられている計算方法が、「割合方式」です。
割合方式は、
(建物の底地価格×借地権割合×借家権割合※)+(建物価格×借家権割合)
という計算方法で、借家権価格を算定する方式です。
※ 借家権割合は、通常30%とされることが多いです。
この借家権価格をそのまま立ち退き料として認めた判例もありますが、必ずしも借家権価格=立ち退き料となるわけではなく、判例の中には、借家権価格の約6割を立ち退き料として認めた判例や逆に借家権価格の3倍相当額を立ち退き料として認めた判例もあります。
⑶ 借家権価格の全部または一部に移転のための実費・損失の補償を加算して立ち退き料を算定する方式
借家権価格を参考にしつつ、移転のための実費・損失の補償を加算して立ち退き料を算定する方式もあります。
判例の中には、この方式を用いて立ち退き料を算定し、借家権価格と移転費用を含む損失補償額の約2分の1相当額を立ち退き料とした判例、借家権価格・立ち退きに伴う補償額(動産移転料、賃料差額補償、移転雑費、営業休止補償等)の合計額を立ち退き料とした判例もあります。
先に述べたとおり、立ち退き料の算定方法は、裁判所の裁量で決まるため、立ち退き料の金額が具体的にいくらになるのかについては、ケース・バイ・ケースで判断せざるを得ません。
もっとも、類似のケースの判例を調査することにより、立ち退き料の金額がいくらになるのか、ある程度予想が立てられる可能性もありますので、立ち退き料の金額が問題になった場合には、専門家へ相談することをお勧めいたします。
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